東京地方裁判所 昭和36年(ワ)8709号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔争点〕昭和三五年八月ころ被告は佐野から同人が訴外株式会社昭和広告社及び同社の代表取締役訴外野口務に対して有する金一五〇万円の金銭債権の取立の委任をうけた。そして被告は佐野とその取立方法について協議した結果、昭和広告社及び野口に対して破産の申立をし、その上で野口が昭和三四年一〇月ころ同人所有の東京都渋谷区代々木初台所在家屋を訴外読売新聞社に譲渡した行為を破産管財人をして否認せしめて本件債権の満足をうることとし、同年九月一九日右破産申立予納金にあてるため佐野から二五万円の交付をうけた。しかるに被告は佐野の代理人として昭和三六年五月二日野口、昭和広告社及び読売新聞社との間に、佐野は読売新聞社から示談金名義で金一五万円の支払をうけ、残金一三五万円については野口及び昭和広告社のためこれを放棄する旨の和解をした。凡そ委任契約においては受任者たる者は委任の本旨に従い善良なる管理者の注意を以つて委任事務を処理する義務を負つているところ、野口は当時日本野球連盟の幹部として相当の収入があり一度に全額の弁済ができないとしても、支払方法の如何によつては相当の弁済能力があつたにもかかわらず、被告はこれを看過又は無視して佐野にとつては唯一の財産ともいうべき本件債権金一五〇万円について僅かその一割の弁済をうけたのみでその残額金一三五万円全部の回収を不能ならしめたもので、このような被告の行為は受任者として注意義務に著しく違反するものであり、被告は債務不履行の責を負うべきで、佐野は被告の行為により金一三五万円の損害をうけた。原告は佐野から右損害賠償債権をゆずりうけ、佐野はそのころ被告に通知した。このように原告は主張した。
判決は原告の主張を容れつぎのとおり弁護士たる被告に損害賠償債務ありとして、つぎのとおり説明している。
〔判決理由〕そこで債務不履行に基く損害賠償の主張について判断する。被告が本件債権金一五〇万円のうち僅か一割の一五万円の弁済を受けただけで、残額一三五万円の債権を放棄する旨の本件和解をしたことは前示のとおりであるが、凡そ受任者たるものは委任の本旨に従い善良なる管理者の注意を以て委任事務を処理する義務を負つているものであつて、本件の如く、金銭債権取立の委任を受けた(和解の権限を含む)者は、特段の事情がない限り全額の回収に努めるべきは勿論、それが困難であるとすれば、債務者の当時の弁済能力及び履行に対する態度債権者側の意嚮等諸般の事情を斟酌して、具体的な金額を見極めその取立に努力すべきものというべきである。これを本件についてみると、証人佐野のぶ、同野口務の各証言及び被告本人尋問の結果によれば、当時昭和広告社及び野口両名はともに無資力であつたけれども、昭和広告社はともかく、野口は読売興業株式会社野球部(プロ野球巨人軍)の嘱託であり、同時に日本野球連盟の役員でもあつて、相当の地位、収入があつたし、また常時ではないとしてもスポーツ雑誌に野球に関する記事を書いて、その原稿料を得るなどの収入があつたこと、然しその年間収入は一〇〇万円以下であり、従つて近い将来一五〇万円全額を回収することは不可能であること、ただ、長年月を費してもその額は兎も角回収の見込が全くないとは即断できないこと、そこで佐野としては被告に対し本件和解に際し、総額(一時金及び割賦金を含め)で一〇〇万円前後の回収を期待しており、金一五万円のみの弁済を受けただけで残額金一三五万円の債権全部を放棄するような内容の和解には到底同意しないことが推測され、被告としてもそのことは予想できたこと等の事実が認められ、これに反する被告本人尋問の結果は信用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そこで考えると、以上のような事実関係の下において受任者である被告が前示のような内容の和解契約を締結することは特段の事情のない限り委任の本旨に反し、善良なる管理者の注意を以て委任事務を処理しなかつたものというべきところ、右特段の事情を肯認すべき証拠はない。(石田実 磯部喬 松井賢徳)